Bluesやねん!

 
 

やはりこの本は面白い

  1. 00:18:41
久しぶりに手元に帰って来たのでパラパラと読んで見るがやはりブルースは面白い。
「ブルースの詩」 サミュエル・B・チャーターズ 著 でございます。



「Blues」 ってものは一体何? という疑問は、遠く離れた島国の日本人が理解するには難しいものがありますなぁ。言葉の意味が分かってもそれが本当にその意味なのかってのが分からないのであります。

訳す方によって意味合いも変わるので、その訳が本当かどうかも分からない訳です。しかし、英語が堪能じゃないのでブルースの歌詞というものがどの様なものかを解説してくれる本はやはり貴重や思います。



これが全てじゃありませんが色々な要素を理解しておかないと奥まで探る事も出来ないし、「Blues」 という音楽を演るからブルース演ってると思ってる方も、一度は読んで欲しいと思うのであります。


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Bluesの語源 最終章

  1. 00:53:24
「Blues」って言葉の語源について調べたり推測したりした事を書きましたが、明確な答えにはなっておりませんでした。改めて考えてみると結構単純な事だと思います。氾濫したデータに惑わされてしまったような気もするのですが・・。

英語の blue が low-spirited を意味するようになったのは1385年からとか、 エリザベス朝時代(1558年〜)の Blue Devils (憂)などという資料がありますが、単純に 「Blue = 青 = 憂」というものが何時頃から出来たのか?という事です。



まずは色についてですが、人間が一つの色を見たときや色名を聞いたとき、好きとか嫌い、嬉しいとか悲しいなどの感情を伴ったイメージや物事を思い浮かべたり表現したりする事があります。

ところがこれも国や文化、言語が違うと、色の見方、感じ方も違ってくるのでございまして一般的な印象は次のようなものがあります。

白 :善(主にキリスト教圏)、雪、無、真理、清潔、純粋、無罪、無知、賛成 など

黒 :夜、悪、死、男、武勇、汚濁、有罪、炭、金持ち(欧米) など

赤 :血、生、火、力、愛、女、情熱、危険、熱暑、革命、勇気、攻撃、太陽(日本)など

橙 :温暖、快活、陽気、幸福、誇り、野心、忍耐 など

青 :水、月、冷静、知性、悠久、未来、憂鬱、寒冷、涙 など

紫 :王位、高貴、正義、優雅、神秘、節制 など

金 :神、宝、光、生 など

灰 :中立、不潔、陰鬱、平凡、沈静 など

この様に色に対しての意識は様々でありまして、これはこれで研究をすると面白いと思うのですが今回は 「Blue = 青 =憂」 についてでございます。

「青 = 憂」という意識は英語圏では一般的だと言う事で、英語圏の方は意識するしないにかかわらず色に対して存在的に持っているものだと思われます。

と言う事は、「英語」という言葉が使われ始めた頃からその意識があった、出来あがったという事になります。

では、英語はどのようにして生まれたかその起源とやらの話でありますが、

古英語期 (450〜1100)
イングランドを侵略したアングロ・サクソン人が七王国 (Heptarchy) を打ち立て、彼らが話していた言語をもとに英語の基礎が形成されます。こうして、英語の起源が出来た頃から1100年くらいまでを「古英語 (Old English) 期」と呼んでいます・・・・(略)。

民族間の侵略を繰り返してラテン語、古ノルド語の影響を受けながら英語という言葉が形成されたとの事で全ては書けませんが、1066年 イングランド王ウィリアム1世が即位したことにより現代の英語の歴史が始まったようです。

「青 = 憂」という意識の期間を特定する事は出来ませんが、紀元前四世紀頃の古代ギリシでは、アプラトンやアリストテレスがすでに 「色彩とはなにか」 といったことについて考えを深めていたとの事で、色に対しての意識が古代からあったとすれば古英語期には「青 = 憂」という意識があったかもしれません。

憂欝な気分 = 青 = Blue な訳で、「ブルーやねん」 と言えば 「憂欝やねん」 というように言葉として普通に使われる訳です。日本で 「灰色の人生」 ってな感じで使われるのと同じ事や思います。 

これを踏まえたうえで、音楽の 「ブルース」 という語源がどのように生まれたかですが、これはブルース・ファンな皆様御存知の出来事から始まります。

「あれは1903年のことだ。ミシシッピ州デルタ地帯のタトワイラー駅で電車を待っていると、みすぼらしい格好の黒人が現れ、ギターを爪弾き始めた。彼はナイフを弦に押し付け、ハワイアン・ギターのようなスライド奏法を使い、同じフレーズを三度繰り返して歌い、ギターを呼応させた。それは、私が今までに聴いたどんな音楽とも違っていた。」

この経験が忘れられず未知なる音楽を求めて、デルタ地帯を駆けずり回る。そして1909年、テネシー州メンフィスに移り住み、ビール・ストリートにある家で 『メンフィス・ブルース』 を作曲。楽譜として1912年に出版される。

という事で、『メンフィス・ブルース』 を作曲。楽譜として1912年に出版。ブルースを世間に紹介したという事で 「ブルースの父」 と称される 「W.C. Handy」 (本名 ウィリアム・クリストファー・ハンディ) の功績によるものとなっております。

実際には「ブルース」という言葉を始めて曲のタイトルに使ったのは、オクラホマ・シティの白人ダンス楽団の若きヴァイオリン奏者 「ハード・ウォンド」で楽器演奏用の曲として 『ザ・ダグラス・ブルース」 の楽譜を1912年3月に出版してます。

この曲を意識して W.C.ハンディ が 『メンフィス・ブルース』 を作曲したという話ですが・・。

どちらにしろ、この事により初めて曲に 「ブルース」 と言う 「題名」 を付けた訳で、物悲しい曲、憂欝な曲 = 〜の憂欝 = 〜ブルースという言葉を創生したのでございます。

それまで南部の黒人達が歌っていた、3度と7度の音(ミとシ)が微妙に下り、メジャーとマイナーの中間のようなキーを作り出している(現在のブルーノート・スケール。)という音楽はジャンルなどというものは有るはずもなく、この事によりこの様な音楽が「憂欝な曲 = Blue = Bluez」 となっていったって事でしょうか。

ホントの所は1914年 『St.Luis Blues』 作曲、出版したら後々まで米国歌なみに大ヒットしたので、皆こぞって〜ブルースって題名付けたんじゃないか?と思ったりもするのでありますが、そこらへんの事はとてもややこしいので次の機会ってことで。

長くなりましたが 「ブルー(青)は憂欝で憂欝な曲はブルース」 ちゅーことにしときますわ。



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bluesman て・・・。

  1. 19:40:29
Stefan Grossman のインタビューに対し、Skip James が話した
事を読んだんやけど、Skip James の話・言葉自体が既に「詩」
となっている事に驚かされますわ。

やはり Bluesman は詩人でなければならないんやろね。
思っている、感じている事にメロディをのせると Blues になる
んやろうなぁ。だから Bluesman って話もあるが・・。

俺もなんぞ曲でも作ろうかとは思うものの、詩を書いてみると
自分で赤面するような事しか書けませんわ。(恥)

とても Bluesman にはなれません・・・。



Bluesman を目指す方は読んで下さいませ。
全文は掲載できませんので冒頭の部分を少しだけ、

・・・・実に自然な事なんだ。誰かと恋をしている時でもブルースを感じる事は時々ある。ブルースが何なのか、多くの人々は考えないし、知りもしない。私はこんな風に考える。聖書の中で、そして讃美歌の中で書かれてあるんだ、人はブルーになって、そしてブルースを感じる事がありうると。ブルースと言うのは、満たされない心が何かを求めるというものなのだ。その何かを・・手にいれられるかどうかがわからない。それがまた心を動揺させる。で悩むことになる。悩む心・・それがブルースだ。

「Stefan Grossman : Play Country Blues Guitar」 より

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